大阪駅を8時3分に発車する香住行き?浜坂行き?夏季臨時列車の但馬ビーチは私にとって思い出の列車です。
但馬ビーチは夏の日本海にむかう臨時列車
国鉄時代の列車が大好きな私にとって、但馬ビーチは子供の頃に乗った数少ない列車の一つです。
但馬ビーチは、夏休み期間中に臨時列車として運行されていた福知山線と山陰線を通る臨時急行です。
当時大阪から竹野や柴山や香住の海水浴場に行く人が多かったから臨時列車ができたのでしょう。
急行但馬ビーチは、そこそこ歴史が長く発車時間も経由も車両などもいろいルあるようです。
私が乗った但馬ビーチは、大阪8時3分に出る福知山線経由して山陰線に入り香住までいってました。
車両は12系客車にDD51がけん引の但馬ビーチ。
しかし、ほかの年には大阪を7時46分に出て姫路経由の播但線を通り山陰線に入る但馬ビーチもあります。
本来定期気動車急行の但馬は、大阪から姫路を通って播但線に入っていくので名前からするとこちらが本来の姿なのかと子供の頃思ってましたが、そんなことでもなさそうです。
引用 https://s.webry.info/sp/dame.at.webry.info/200610/article_4.html
赤の機関車DD51にブルーの12系客車の但馬ビーチ
但馬ビーチはDD51ディーゼル機関車に12系客車でブルートレインです。当時は当たり前のように走っていたブルートレインで、寝台設備のないオハ12系客車は物足りなさを感じていましたが、今もしその姿を見ることがあれば感動していたでしょう。
まつかぜ1号博多行きが隣にいる
大阪駅の福知山線のホームを8時3分に出るということは、お隣には8時ジャストに発車する山陰本線超花形特急のまつかぜ1号博多行きが出発を待っています。
山陰線経由で博多行きなんて今じゃ考えられないですね。
しかも食堂車も組んだ堂々のキハ82系12両編成(鳥取で半分切り離す)
私たちの行先は香住の一つ手前の柴山という駅で当然まつかぜ1号は止まりません。
まつかぜ1号の停車駅は大阪を出ると宝塚・福知山・豊岡・城崎・鳥取・倉吉・米子・・・・最低限の駅にしか止まらない一流だったのでもしこれでいくなら城崎で降りて鈍行に乗りかえるしかないです。
私たちは4家族15人くらいいたのでまつかぜの指定席は取れなかったととも思われます。
それでも子供心からも乗りたくてしかたないかっこよすぎる特急まつかぜ1号でした。
但馬ビーチの柴山までの旅
但馬ビーチは大阪駅を8時3分に出てDD51の引っ張られて日本海にむかった。
夏の海水浴客を乗せた臨時急行但馬ビーチと聞くと車内はわいわいしてる感じがしますが、実際はガラガラで私たちが乗っていた車両も他のお客さんがいなかったような気がします。
子供も何人かいる4家族だったので車内を自由に使っていた気がします。
単線の福知山線や山陰線の風景は6歳か7歳の頃の自分には記憶があまりなく、ただ単線なので列車待ちがやけに長い記憶がった。
それと12系客車はやけに冷房がが効くので寒いイメージがあります。
柴山に到着は13時21分と結構時間がかかるのです。
当時は子供だったので、いくら鉄道が好きといっても少々飽きていたのです。
当時の山陰本線は今思うと夢の世界
柴山の海水浴には、5年か6年くらい連続でいっていましたが京都から特急あさしおに乗ったり、大阪から9時50分発のだいせんで行ったり、切符が取れないときは鈍行もあったような・・・そして、帰りではあるが博多から来たまつかぜ4号に乗ったこともありました。
せっかくのまつかぜでしたが、満員で窓際にも座れずに記憶があまりないけど食堂車でサンドイッチを食べました。
柴山の宿が山陰線が近くに見えていたのですが、夜になると東京と山陰を結ぶブルートレイン出雲が走っていたりとワクワクは止まらないのを覚えています。
まさに国鉄時代のダイヤなので今からすると夢のようです。